大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和33年(ネ)395号 判決 1960年8月03日

控訴人(被告) 名古屋国税局長

被控訴人(原告) 株式会社駿河銀行

訴訟代理人 林倫正 外二名

原審 名古屋地方昭和三一年(行)第一六号

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、提出、援用の証拠、書証の認否は次に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人は、

一、本件において問題となつている機械器具は訴外株式会社高橋鉄工所の所有で同会社の業務運営に不可欠のものであり、かような重要な物件を他人に譲渡するについては取締役会の意思決定によりなされなければならぬところ、かような意思決定をなしたことはみられないから、代表取締役のみの意思表示で本件機械器具を譲渡したとしても何ら効力を生じない。したがつてその所有権はいぜんとして右訴外会社に属し工場抵当法第二条の効力は及ばないものといわねばならない。

二、本件工場抵当権を設定するに際し前記訴外会社がその所有にかかる機械器具につき工場抵当を設定するに同意したからといつて、明示の意思表示がない限り、直ちに担保の目的の範囲内で右物件の所有権を訴外高橋健司に移転した、すなわち信託的に譲渡したものとみるのは納得できないところである。

三、仮にかかる譲渡があつたとみても、動産に関する物権の変動はその引渡がなければ第三者に対抗できないことはいうまでもなく、本件において前記物件が訴外会社より訴外高橋に引渡された事実がないから、第三者たる控訴人に対抗できないと考えられる。このことは工場抵当法第三条による目録の提出があつたからといつて民法所定の対抗要件を無視できないから違つた結果になるものでない、

と述べた。

被控訴代理人は控訴代理人の右主張に対し、

一、訴外株式会社高橋鉄工所の取締役会は本件抵当権設定に際し、同会社所有の機械器具を訴外高橋健司に信託的に譲渡することに同意承認したのであるし、個人会社的色彩の濃厚な右会社の取締役会は代表取締役たる右高橋に対し資金の借入等に関する一切の行為を為すことにつき事前に同意しているのである。

仮に取締役会の同意がないとしてもそれ故に無効ではないのであつて、かかる内部関係について知らないで取締役会の承認あるものとして取引した善意の被控訴人は本件機械器具が本件抵当権の目的物件であると主張できるのである。

なお、控訴人提出の乙第一ないし第四号証の書類は本件機械器具が訴外高橋健司に売却されてしまつたのでなく、信託的に譲渡されたに過ぎない以上会社の資産として計上されることに不審はないから、被控訴人の主張を排斥する理由にはならない。

二、本件機械器具を前記訴外会社より訴外高橋に信託譲渡するにつき明示の意思表示は必要でなく暗黙のものでも差支えない。

三、前記物件の引渡については現実の引渡は必要でなく簡易引渡、占有改定、指図による占有移転も含まれるのであり本件においても少くとも占有改定がなされたと解するに妨げはないから控訴人の主張は失当であり、かつまた、工場抵当は不動産とそれに備付けの機械器具を一体として不動産に関する抵当権であるとするのであつて対抗要件も機械器具につき別個に動産引渡等の対抗要件をなす必要はなく、民法第一七七条の規定も当然工場抵当法第三条目録の登記に関し適用あるものと解すべきである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

官署の作成部分については成立に争がなくその余の部分は原審証人高橋健司の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争のない甲第五号証の一乃至六ならびに右証言および原審証人加藤正二の証言を総合すると、

訴外株式会社高橋鉄工所は昭和二七年二月二二日被控訴人との間に元本極度額金一五〇万円とする手形取引契約を結び、その際右債務につき同訴外会社所有の別紙目録記載の機械器具のみを担保に差入れようとしたが、被控訴人から工場抵当でなければ特別の融資はできないと云われ、右訴外会社の代表取締役である訴外高橋健司はその個人所有の別紙目録記載の各建物と同建物内に備付けてある右訴外会社所有の右機械器具に工場抵当法第二条による根抵当権を設定することを承諾し右訴外会社と被控訴人間の手形取引根抵当権設定契約に基き右訴外高橋健司は担保貸主兼保証人として被控訴人と右訴外会社の債務担保のため右各建物ならびに機械器具について工場抵当法第二条による根抵当権設定契約を締結したものであることが認められ、(右各建物及び機械器具の所有関係は当事者間に争がない。)同月二六日右各建物につきその旨根抵当権設定登記手続(工場抵当法第三条による本件機械器具の目録提出)のなされたことは当事者間に争がなく、右高橋証人の証言により真正の成立を認めることのできる甲第二号証の一、二、同証言及び成立に争のない甲第三号証によれば被控訴人はその後右手形取引契約に基き右訴外会社に対し同年一一月二九日金一一〇万円を弁済期同年一二月二九日の約で手形貸付により貸与したが、弁済期日を経過するも返済を受けられなかつたので、昭和二九年七月六日静岡地方裁判所に対し、別紙目録記載の各建物ならびに同建物内に施設してある機械器具について根抵当権実行のため不動産競売を申立てたことが認められ、同裁判所はこれを同庁昭和二九年(ケ)第一二二号不動産競売事件として受理し、同年同月一四日右物件全部につき競売開始決定をなし目下右事件が同裁判所に繋属中であること、ならびにその後同年一二月一七日訴外静岡税務署長は訴外会社に対する国税滞納処分の執行として右機械器具に対し差押をなし、昭和三〇年四月一三日被控訴人にその旨の通知をなしたので、被控訴人は同年四月一四日付をもつて右訴外税務署長に対し右差押処分に異議の申立をした。これに対し右訴外税務署長は同年一一月一五日付書面をもつて被控訴人の右異議申立を認めない旨を通告し、かつ、被控訴人の右異議申立は国税徴収法第三十一条の二の再調査として取扱うから再調査を請求する旨の書面及び異議申立の根拠となつた証拠書類を提出するよう要請した。そこで被控訴人は同年一一月二四日付をもつて再調査の申立をした。しかしてその後右再調査の請求は審査の請求をしたものとみなされ、これに対し昭和三一年六月一三日控訴人は名局徴審第二ー九〇号名協審第五二九号をもつて被控訴人の審査の請求を棄却する旨を決定し、右決定通知が同月一四日被控訴人に到達したことは当事者間に争のないところである。

ところが成立に争のない乙第一号証の一ないし四、同第二ないし第四号証、当審証人高橋健司、原審証人加藤正二の各証言を総合すると、本件抵当権設定に際し被控訴銀行の事務担当者も訴外株式会社高橋鉄工所の代表者高橋健司その他の関係者はいずれも工場抵当法第三条の工場抵当権を設定するにつき、当該工場建物と機械器具とが同一の所有者に帰属していることを必要とするかどうかについて検討した形跡はなく、前記のとおり本件建物は右高橋個人の、機械器具は右訴外会社のそれぞれ別個の所有ではあるが、同会社は個人会社のようなものであるから所有関係をそのままにしても問題はないと考え右機械類を一たん高橋個人に譲渡するようなことには思い及ばずして、そのまま前記のとおりに抵当権設定の契約ならびに登記をなすに至つたものでその後も本件機械器具は右訴外会社の所有であつたことが認められ、右認定にそわない当審証人望月良之助の証言は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすると、本件抵当権設定に際し訴外株式会社高橋鉄工所は高橋健司個人に対し本件機械器具の所有権を移転したことはなくまたその所有権を信託的にも譲渡したことはないものといわねばならない。

また前記成立を認め得る甲第一号証(手形取引根抵当権設定契約証書)には訴外高橋健司を担保貸主兼保証人として表示してはあるが、建物の所有者は右訴外人であり機械器具は右訴外会社であり同一人の所有に属することを必要としないと契約当事者が考えていたのであるから、右の表示があるからといつて、機械器具の所有権を担保貸主に移転したものと考えるわけにはいかない。

そして、機械器具のような動産については、元来登記のようなそれ自体の所有権の公示方法はないから、成立に争のない甲第三号証同第五号証の一ないし六により明白なとおり不動産についての所有者のみを明示し右動産たる工場供用物件についての所有者を明示しないで工場抵当法第二条第三条に則り登記申請をすれば、登記官署においても同一所有者のものとして問題なくこれを受理するであろうから、その後において本件のように他の強制執行等が競合するのでないかぎり、右動産の所有者の何人なるかにつき争の起らずして無事終局に至ることもあり得ようが、それだからといつて、問題の場合工場抵当法第二条第七条の効力を最大限に発揮するために解釈しなければならないものではない。

工場財団を組成しない工場抵当法第二条ないし第七条の規定による狭義の工場抵当は個々の不動産について抵当権を設定するものであつて、全体としての工場を担保に供するものでなく、ただ抵当権の効力のおよぶ範囲を抵当不動産の付加物、従物に止めずその備付物にまで拡大した点が民法上の抵当権と異なるところであり従つて工場財団に関する工場抵当法第一三条のような規定はなくとも、不動産と機械器具などの工場供用物件が同一所有者に属することを必要とするものと解しなければならない。

されば、この見解に反し本件不動産および動産たる機械器具を一体として抵当権を設定したと強調し(しかし工場財団を組成してはいない)、あるいは当事者の意思に反し本件機械器具が訴外高橋健司に譲渡されたものと擬制するのが正当であるという被控訴代理人の主張は採用し難く、また我国の登記には公信力がなく本件機械器具は元来動産なのであるから工場抵当法第三条の目録提出によつても、なお控訴人は右動産が訴外会社のものであり、訴外高橋個人のものでないことを主張し得るものといわなければならない。

そうであれば、本件機械器具については工場抵当法第二条の効力が及ばないので、訴外静岡税務署長のなしたこれのみに対する差押およびこれを是認した控訴人の処分は重複差押(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律施行以前)とはならず、また工場抵当法第七条第二項に違反せず有効である。

よつて被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これと見解を異にし右請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、民事訴訟法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本収二 西川力一 渡辺門偉男)

(別紙目録省略)

原審判決の主文、事実および理由

主文

被告が訴外株式会社高橋鉄工所に対してなした別紙目録記載の機械器具に対する国税徴収法に基く差押処分につき名局徴審第二-九〇号名協審第五二九号をもつて、昭和三十一年六月十三日なした審査決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告は昭和二十七年二月二十二日訴外株式会社高橋鉄工所との間に元本極度額金百五十万円とする手形取引契約をなし、同時に右取引により右訴外会社が原告に負担する債務を担保する為右訴外会社代表取締役訴外高橋健司個人の所有する別紙目録記載の建物一棟附属建物二棟並びに同建物内に設置してある右訴外会社の所有する機械器具に対し、右訴外高橋健司承諾の上、工場抵当法第二条、第三条に基く根抵当権の設定契約をなし、同月二十六日その設定登記(同法第三条目録提出)をなした。

二、原告は右手形取引契約に従い、訴外会社に対し、昭和二十七年十一月二十九日金百十万円を弁済期同年十二月二十九日の約で手形貸付により貸与したが、弁済期日を経過するも返済しなかつたので、原告は昭和二十九年七月六日静岡地方裁判所に根抵当権実行のため、不動産競売申立をし(同庁昭和二十九年(ケ)第一二二号不動産競売事件)、同裁判所は同月十四日別紙目録記載の建物並びに同建物内の機械器具について競売開始決定をなし、目下繋属中である。

三、一方右訴外会社は静岡地方裁判所に会社更生の申立をし、同庁昭和二十九年(ミ)第三号会社更生事件として受理され、同年十二月十八日前記原告の不動産競売手続の中止決定がなされた。

四、しかるに、訴外静岡税務署長は昭和二十九年十二月十七日右訴外会社に対する国税滞納処分として前記機械器具に対し差押をなし、昭和三十年四月十三日原告にその旨、通告をしたので、原告は同年四月十四日附をもつて右訴外税務署長に対し右差押処分に異議の申立をした。

これに対し右訴外税務署長は、同年十一月十五日附書面をもつて原告の異議申立を認めない旨通告し、且つ原告の右異議申立は国税徴収法第三十一条の二の再調査として取扱うから、それに必要な書類を提出するよう要請した。

よつて原告は昭和三十年十一月二十四日附をもつて再調査の申立をしたところ、右再調査の請求は審査の請求をしたものとみなされ、これに対し、昭和三十一年六月十三日被告は名局徴審第二-九〇号、名協審第五二九号をもつて原告の審査の請求を棄却する旨を決定し、決定通知書は同月十四日原告に到達した。

五、しかしながら、被告の前記差押処分に対する原告の異議事由は後述のとおり理由があるから、被告のなした右棄却の決定は不当にして取消さるべきものである。

第一次的異議事由

訴外静岡税務署長の差押処分をなした機械器具については、既に原告において競売申立をなし、その手続が進行中であるから右税務署長の差押処分は許されない。

国税滞納処分と抵当権の実行による競売手続とは各その根拠とする法律を異にするが、共に終局的に目的物を処分して債権を実行する点において同性質であるから、両手続は同時に同一目的物に対して行い得ない。

本件において前記のとおり原告の根抵当権は、工場抵当法によるものであつて、訴外静岡税務署長のなした滞納処分による差押の目的物件たる機械器具は工場抵当法第二条により根抵当権の目的物件であり、静岡地方裁判所は、右機械器具に対しても適法に競売手続を開始したのである。しかして原告の根抵当権の実行による競売手続の繋属後、その進行中、右訴外税務署長が滞納処分として右競売物件の一部である機械器具に対し差押処分をなしたのであるから、先行手続である原告の根抵当権の実行による競売手続のみが許され後行の滞納処分による差押は許さるべきではない。

第二次的異議事由

仮りに右が理由なしとするも、右訴外税務署長の差押処分をなした物件は工場抵当法第二条に基く原告の抵当権の目的物件であるから、同法第七条第二項により右訴外税務署長の機械器具のみに対する差押処分は許さるべきではない。即ち

(一) 根抵当権設定者が前記訴外高橋健司及び訴外会社の両者と解し工場の所有者も右両者と解するとき。

本件建物は、右訴外人の同建物内の機械器具は右訴外会社の所有であるが、この建物と機械器具とを一括して工場抵当法に云う工場と称すべきであり、右工場の所有者たる右訴外人及び右訴外会社が工場に属する建物に根抵当権を設定したのであるから、根抵当権設定契約は適法に成立し、本件機械器具にもその効力が及ぶこと論をまたない。

(二) 右が理由なく根抵当権設定者及び工場の所有者が前記訴外人のみと解するとき。

(1) 本件根抵当権は前記訴外会社が原告に対し負担すべき債務を担保する目的をもつて、本件建物の所有者訴外高橋健司(右訴外会社代表取締役)が、右建物内に存置されている機械器具の所有者右訴外会社と図つて右建物と機械器具とを一体として工場抵当法に基き本件根抵当権を設定したものである。

従つて右訴外会社は工場抵当法による右根抵当権の効力を右機械器具に及ぼすことを承諾していたものであつて、右機械器具の所有者である右訴外会社は、右根抵当権の目的物件とするためにその設定行為に際し担保とする目的の範囲内で、右機械器具の所有権を訴外高橋健司に移転したものとみなすべく、従つて右建物と機械器具とは訴外高橋健司の所有に属するものというべきである。

そうとすれば、原告の右根抵当権は工場抵当法上右機械器具に対してもその効力を及ぼすこととなる。

(2) 仮りに右が理由なしとするも、本件においては前述のとおり前記訴外会社は、訴外高橋健司が本件根抵当権を設定するに際し、右訴外会社所有の本件機械器具を右根抵当権の目的物件とすることに同意したものであるから、右根抵当権は、当然その効力を右機械器具に対しても及ぼすものである。

(イ) 工場抵当法は工場における土地、建物とこれに付加或は備付けられた物件とを各別個に担保の目的とすることを避け、工場の生産施設を一体として抵当権の目的とすることにより担保価値を増大するとともに、社会経済上企業施設の維持を図るためのものであるから、金融の円滑のため工場施設中にある自己の所有に属さない機械器具をその所有者に担保とすることの承諾を得て工場抵当法による抵当権を設定することは許さるべきである。

(ロ) 又工場抵当法第二条には、工場の所有者とあつて債務者となつていないのであるから、債務者以外の第三者でも工場土地建物の所有者は他人の債務につきこれを担保するため同法に基き抵当権を設定しうる。しかしこの場合右土地建物に付加又は備付けた物件が工場建物の所有者以外のものの所有に属するとき、その所有者が右抵当権の目的物件として担保に供することは民法上担保提供が認められているのであるから当然可能である。

(ハ) さらに機械器具については工場抵当法第三条によりその目録が法務局に提出されており、第三者は容易に右物件が抵当権の目的となつていることを知り得るから何等不測の損害を蒙ることはないのである。

(三) 根抵当権設定者及び工場の所有者が前記訴外会社のみと解するとき。

本件において工場の所有者たる訴外会者は本件建物の所有者たる訴外高橋健司の同意を得て工場抵当法による根抵当権を設定したものであつてこの場合は工場の所有者が工場に属する不動産に抵当権を設定したものと同様に取扱つて差支えがないものと解すべく、又右高橋健司はその所有建物につき訴外会社が抵当権を設定することを容認したのであるからその所有建物の処分権を右担保の目的の範囲内で右訴外会社に与えたものと解せられるので、いずれよりするも右根抵当権設定契約は工場抵当法に従いて適法有効になされたものと云わねばならない。

と述べた。

(証拠省略)

被告代理人は、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項中、原告主張の旨の根抵当権設定登記のあること、本件建物は訴外高橋健司の本件機械器具訴外会社の各所有に属することを認め、その他は不知。

二、請求原因第二項中、原告主張のごとき競売事件が繋属していることを認め、その他は不知。

三、同第三項中原告主張のごとき会社更生の申立があつたことを認め、その他は不知、但し右会社更生事件は昭和三十一年十月十日取下になつた。

四、同第四項は認める。

五、同第五項は次の理由により争う。

原告が自認するとおり本件においては本件建物は訴外高橋健司の、機械器具は訴外会社の各所有に属するものである。

債務者及び物上保証人が工場抵当を設定するためには自己所有の不動産に設備した同人所有の供用物件たるを要する。即ち担保の提供者は自己の財産を提供するもので他人の財産をもつて担保の目的となすことはできない。(その唯一の例外は物上保証人の場合で債務者は物上保証人の提供する担保によるのであるがこの場合でも物上保証人は他人の財産をもつて担保の目的となし得ない)。これは工場の所有者が工場に属する土地建物の上に自己所有のものを備付けた場合に企業設備を担保に供させようとする工場抵当法第二条の趣旨及び他人の物を供用物件にしてもその他人は、自己の権利を失わないという原則から明らかである。又工場財団の場合はとくに抵当権者保護の見地からら工場抵当法第二十三条乃至第二十五条により他人の動産について所定の期間を定めて公告した上失権の手続をとつて、抵当権者が不測の損害を蒙らないよう保護しているが、右のような規定のない工場抵当については他人の動産に抵当権の効力が及ぶ筈はない。

仮りに、債務者並びに物上保証人が担保権者と意を通ずるか、或は担保権者が内部的に、債権者、物上保証人を信頼して他人(債務者にとつては物上保証人は他人であり、物上保証人にとつては債務者は他人である。)の財産を便宜担保の目的に供した場合は、当事者間に債権的効力が生ずることがあつたとしても、その担保物につき第三者他人所有のものであるから担保物件として有効に成立していない旨を主張して右財産に対し自己の権利を主張し得るのである。

したがつて本件機械器具については、工場抵当法第二条の効力が及ばないので、訴外静岡税務署長のした差押及びこれを是認した被告の処分は、工場抵当法第七条第二項に違反せず有効である。

と述べた。

(証拠省略)

理由

官署の作成部分については成立に争なくその余の部分は保証人高橋健司の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争のない甲第五号証の一乃至六並びに右証言及び証人加藤正二の証言を綜合すると、

訴外株式会社高橋鉄工所は昭和二十七年二月二十二日原告との間に元本極度額金百五十万円とする手形取引契約を結び、その際右債務につき同訴外会社所有の別紙目録記載の機械器具のみを担保に差入れしようとしたが、原告から工場抵当でなければ特別の融資はできないと云われ、右訴外会社の代表取締役である訴外高橋健司はその個人所有の別紙目録記載の各建物と同建物内に備付けてある右訴外会社所有の右機械器具とを一括してこれに工場抵当法第二条による根抵当権を設定することを承諾し右訴外会社と原告間の手形取引抵当権設定契約に基き右訴外高橋健司は担保貸主兼保証人として原告と右訴外会社の債務担保のため右各建物並びに機械器具については工場抵当法第二条による根抵当権設定契約を締結したものであることが認められ、(右各建物及び機械器具の所有関係は当事者間に争がない。)同月二十六日右各建物につきその旨根抵当権設定登記手続(工場抵当法第三条による本件機械器具の目録提出)のなされたことは当事者間に争がなく、右高橋証人の証言により真正の成立を認めることのできる甲第二号証の一、二、同証言及び成立に争のない甲第三号証によれば原告はその後右手形取引契約に基き右訴外会社に対し同年十一月二十九日金百十万円を弁済期同年十二月二十九日の約で手形貸付により貸与したが、弁済期日を経過するも返済を受けられなかつたので、原告が昭和二十九年七月六日静岡地方裁判所に対し、別紙目録記載の各建物並びに同建物内に施設してある機械器具について根抵当権実行のため不動産競売を申立てたことが認められ、同裁判所はこれを同庁昭和二十九年(ケ)第一二二号不動産競売事件として受理し、同年同月十四日右物件全部につき競売開始決定をなし目下右事件が同裁判所に繋属中であること並びにその後同年十二月十七日訴外静岡税務署長は訴外会社に対する国税滞納処分の執行として右機械器具に対し差押をなし、昭和三十年四月十三日原告にその旨の通知をなしたので、原告は同年四月十四日附をもつて右訴外税務署長に対し右差押処分に異議の申立をした。これに対し右訴外税務署長は同年十一月十五日附書面をもつて原告の右異議申立を認めない旨を通告し、且つ原告右異議申立は国税徴収法第三十一条の二の再調査として取扱うから再調査を請求する旨の書面及び異議申立の根拠となつた証拠書類を提出するよう要請した。そこで原告は同年十一月二十四日附をもつて再調査の申立をした。而してその後右再調査の請求は審査の請求をしたものとみなされ、これに対し昭和三十一年六月十三日被告は名局徴審第二-九〇号名協審第五二九号をもつて原告の審査の請求を棄却する旨を決定し、右決定通知が同月十四日原告に到達したことは当事者間に争のないところである。

而して前段各認定の事実に前記高橋証人、加藤証人の各証言、甲第一号証、第二号証の一、二、甲第五号証の一乃至六にによると右訴外会社形式上は株式会社であるけれどもその実体は訴外高橋健司の個人経営に異ならず、その工場の主要部分をを占める各建物はあげて右訴外高橋健司個人の所有に属し、ただその中に存在する機械器具のみは右訴外会社の所有名義になつているのに止る上に右訴外高橋健司が原告と前記根抵当権を設定するに当り右訴外会社の代表取締役として右高橋健司は前記説示のごとく右訴外会社の所有に属する右機械器具と右各建物とを一括してこれに工場抵当法第二条による根抵当権を設定することを認めたのであるからそのために右訴外会社は右機械器具の所有権を右訴外高橋健司に信託的に譲渡引渡し、訴外高橋健司はここに右各建物並に機械器具を一括した右工場の所有者として原告との間に工場抵当法第二条に規定する根抵当権を設定したものである事実を認めることができる。

果して然らば原告の本件抵当権の効力は工場抵当法第二条(第三条)により本件各建物並びに本件機械器具の双方に及ぶものであるから、静岡地方裁判所が昭和二十九年七月十四日右根抵当権実行のためになした前記競売開始決定の効力は本件機械器具にも適法に及んでいることは明らかであり、強制執行による差押がなされている有体、又は競売開始決定があつた不動産に対しては滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律の施行せられた昭和三十二年十月一日以前においては重複差押は許されないものと解すべきところ、前記のごとく訴外静岡税務署長がその後である同年十二月十二日右工場抵当物件の一部たる本件機械器具に対し前記訴外会社に対する国税滞納処分の執行としてなした差押は明らかに重複差押となると共に工場抵当法第七条第二項に違反するものとして違法である。

よつて前記の如く原告が訴外静岡税務署長及び被告に対し不服申立をしたのは何れも理由がありながら排斥せられたものであり、特に被告が昭和三十二年六月十三日これを理由なきものとして名局徴審第二-九〇号名協審第五二九号をもつてなした棄却の審査決定は、失当として取消を免れない。

よつて原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。(名古屋地方裁判所昭和三三年八月二九日判決)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例